現場で生まれた疑問を、データと突き合わせる。
活動紹介・調査の現状とこれから
京田辺バス交通等利用実態調査会は、京都府京田辺市とその周辺地域の公共交通について、実際に乗り、歩き、見聞きしたことを記録している小さな活動体です。もとは合成音声音楽や動画を制作する同人サークルの活動から始まりました。交通政策の専門機関でも、行政から委託された調査団体でもありません。
私たちが大切にしている問いは、シンプルです。「こちらではこう見えていますが、事業者や行政のデータでは、どう見えているのでしょうか」。現場で得られる一つの観測と、事業者・行政の持つ継続的なデータは、異なるものを見ています。その両方を突き合わせて初めて、分かることがあると考えています。
1 音楽制作から、地域の交通を調べるようになるまで
きっかけは2025年春、奈良交通「三山木高船線」の減便でした。普賢寺方面へ出かけるために使っていた便が減ることになり、「いつも走っているバスも、当たり前に残るわけではないのだ」と実感しました。そこで沿線を訪れ、時刻表を調べ、映像の撮影を兼ねて乗降の記録を始めました。
その経験は、バスを題材にした合成音声楽曲「去りゆく君をみつめて」の制作にもつながりました。作品が描くのは、失われる交通への寂しさだけではありません。利用者の少ない便を維持する理由は何か、そして利用されなくなった理由を私たちは本当に知っているのか、という問いでもあります。
撮影や乗車を続けると、乗客の少なさだけでなく、そこで暮らし働く人々や、日常の買物・通院に使われる交通の姿が見えてきました。当初の思い込みが現地で覆ることもありました。音楽・映像のためのフィールドワークから、乗車記録、資料調査、利用者との会話、行政計画への意見提出へと活動は自然に広がっていきました。
現在の名称は活動内容を説明するためのものです。組織を大きくすることや、地域の代表者になることを目標にはしていません。創作活動も交通の観察も、できる範囲で継続しています。
2 普段、何をしているのか
バスや地域交通に乗り、現地を歩く
路線バス、予約型交通、鉄道、タクシーなどを実際に使い、どこから人が乗り、どこで降りるのかを観察します。所要時間や乗換、停留所までの道のり、帰りの交通手段も気にかけています。車内で気になったことがあれば、後で時刻表や地図を見直します。
一つの出来事から、仮説を立てる
「なぜこの区間だけ乗客がいるのか」「この人は本当に降りた駅へ行きたかったのか」「予約型交通で乗継は成立するのか」。車内や沿線で出会う小さな違和感が、次に調べるべき問いになります。答えを先に決めず、別の理由でも説明できないかを考えるようにしています。
行政・交通事業者の資料と照合する
現地の記録だけで、路線全体の需要や運行の合理性を断定することはできません。市が公開する公共交通計画や会議資料、事業者の公表情報、利用実績などを読み、観察との一致点・食い違いを確かめます。必要に応じて、担当部署等へ「この現象をどう把握していますか」と質問します。
創作・発信に戻す
交通の乗り方を紹介する動画など、調べたことを分かりやすく伝える制作活動も続けています。交通に詳しくない人へ情報を届けるだけでなく、発信を通じて新たな利用者の経験や地域事情を知ることもあります。
3 現場で見えてきたこと
三山木高船線:乗客が少ないことと、交通が不要なことは違う
この路線では、乗客のいない便に何度も乗り合わせました。一方で、同じ人が繰り返し利用していたり、地域の買物や通院、来訪に使われる便を見かけたりもしました。低利用であることは否定しませんが、乗客が少ないという事実だけで「地域に公共交通が不要」とまでは言えません。
そもそも乗車記録は、休日や子どもと乗りやすい時間帯に偏っています。実際に乗っている人に会うため、あえて繰り返し乗車した面もあります。大型の車両が必要か、今の時刻・経路が適切か、何らかの交通手段を確保する必要があるか――この三つは分けて考えなければなりません。
東部循環:区間が違えば、果たしている役割も違う
東部循環では、買物や通院などの短い移動に使われている場面を観察できました。乗客が集まる区間と少ない区間があり、すべてを同じ車両・経路で走らせることが最善なのか、という問いが生まれています。ただし、車両を小さくすれば必ず良くなるわけでもありません。年間の乗降実績や車両運用の制約を知らずに結論を出すことはできません。
北部の路線:降りた場所が、最終目的地とは限らない
松井・大住方面から八幡方面へ向かう移動を考える中で、駅前に用事があるのではなく、その先の鉄道へ乗り継ぐために利用しているのではないか、という仮説が生まれました。地域事情に詳しい人とのやり取りは、この見方を考える手掛かりになりましたが、乗客全体の目的地を確定したわけではありません。私たちは、乗降データの「どこで降りたか」と、生活上の「どこへ行きたいか」を区別して考えています。
新しい交通サービス:運行していることと、使えることは違う
北部の予約型交通「たなモビ」や、南部のスクールバス混乗実証にも関心を寄せています。運行の有無や乗車人数だけでなく、情報が届いているか、予約が取れるか、通院や買物から帰れるか、ほかの交通機関につながるかが重要です。実証事業ごとの利用状況の違いについても、現地で何を把握して運行に反映したのか、公開データではどう評価されているのかを確認したいと考えています。
4 もっとも難しいのは、「バスに乗っていない人」に出会うこと
車内で観察できるのは、その時に乗っている人だけです。時刻が合わないため乗れない人、家族の送迎で移動している人、外出を諦めている人は、いくらバスに乗り続けても車内には現れません。反対に、車を使えていて本当に公共交通を必要としていない人もいます。乗らない理由は一つではありません。
この壁を越えるため、沿線の商店や地域行事など、バスの外でも地域と接点を持つようになりました。地域で声をかけてもらえるようになったことは大きな一歩です。しかし、行事に参加する人の話だけでは、参加できない人や地域活動から距離のある人の事情は分かりません。接点を増やしながら、その方法が取りこぼす人にも注意を向ける必要があります。
このことは、調査回数を増やせば解消する問題ではありません。どのような人を、どのような場面で観察できたかを明記し、観察できなかった人については「まだ分からない」と記すことを大切にします。
5 分かったこと、聞いたこと、考えたことを分ける
当会の記録には、目の前で確認した乗降や乗換の出来事、利用者や地域の方から聞いた話、公開資料の数値、それらをもとにした仮説が混在します。今後の公開資料では、これらを区別することを基本にします。
観測事実:いつ・どこで・何が起きたか。確認できるのは、その場面についての事実です。
聞き取り:どなたかがどのように経験・認識しているか。発言は地区全体の意見や客観的な事実と同一視しません。
公表資料:行政や事業者が示した数値・制度・予定。対象期間と集計方法を確認します。
仮説:観測や資料から考えた説明。反例が出たら限定・修正・撤回します。
提案:こんな運行方法も考えられる、という選択肢。採用が決まった施策と区別します。
以前の見立てが間違っていたと分かったことも、調査の成果です。現地へ行く前には地域の暮らしをよく知らなかったことも、行政に問い合わせて初めて分かった事情もあります。仮説を守るために事実を選ぶのではなく、事実を受けて仮説を変える活動でありたいと思います。
6 行政・事業者・研究者との関係
交通行政には行政の役割が、運行には交通事業者の役割があります。当会はその代わりに政策を決定するものではなく、地域住民の総意を代表して交渉する組織でもありません。必要に応じて政策について意見を提出することはありますが、施策を実施するかどうかは関係機関がそれぞれの責任で判断することです。
私たちが会議体や担当者へ持ち込みたいのは、「現場ではこんなことがありました」「こういう仮説を考えました」「そちらのデータではどう見えていますか」という問いです。市や事業者がすでに答えを持っていれば、それを知ることができます。異なる分析があるなら、こちらの見立てを改めることもできます。
現場の経験が行政のデータより常に正しいとは考えていません。逆に、統計上の利用者数だけでは捉えられない移動上の不便もあります。両方の情報を行き来することに、独立した小さな調査活動の意味があると考えています。
地域の方と接するときには、調査と地域の代表・行政の代理を混同しないこと、個人の発言を無断で広めないこと、政治的な対立の当事者にならないことにも配慮します。暮らしを知るために関わるのであって、誰かの代弁者になるために関わるのではありません。
7 これから調べたいこと
使わない人、使えない人の実態
地域と接する経路を増やし、移動先、移動時間、使っている代替手段、公共交通を利用しない理由を確かめます。聞けた人の意見を地域全体へ安易に広げないことも、調査の一部です。
2027年の北部路線再編の前後
京阪バスは2027年3月下旬の路線廃止・再編計画を公表しています。変更前しか観察できない乗降や乗換を記録し、その後、同じ移動がどう変わったかを確かめたいと考えています。単に廃止された系統番号を数えるのではなく、生活上の目的地へどう行き、どう帰るかを比較します。
実証交通の利用と、利用できなかった場面
予約型交通やスクールバス混乗について、利用実績に加え、周知、予約、乗継、往復の成立などを観察し、関係機関の集計と照合していきます。個別の失敗談がそのまま全体の失敗率を表すわけではないことにも留意します。
路線ごとの役割と形成の歴史
東部循環の区間ごとの輸送機能、南部の生活圏と運行時刻、京田辺市と周辺自治体をまたぐ移動を引き続き調べます。古い時刻表や協議資料も活用し、現在の路線がどのように形作られたのかを、推測と資料で確認できる経緯に分けて整理します。
8 結びに
会議室にすべての答えがあるわけではありません。しかし、現場に行けば必ず答えが見つかるわけでもありません。現場に行かなければ生まれない疑問があり、その疑問に答えるには、別の人が持つ経験やデータが必要なことがあります。
私たちは、好きな交通に乗り、音楽や映像を作りながら、その途中で生まれた疑問を記録してきました。これからも身の丈に合った活動を続け、分かったことと分からないことを区別し、必要なところへ問いを届けていきます。
「こちらではこう見えています。そちらのデータでは、どう見えていますか?」
※本稿は2026年10月時点の活動を紹介する文章です。運行内容や事業の実施予定は変更されることがあります。個別の観察・聞き取りは、調査対象全体を代表する統計ではありません。
参考となる公開資料
京田辺市「京田辺市地域公共交通計画を策定しました」
京田辺市「京田辺スマートモビリティ(たなモビ)実証事業について」
京阪バス「2027年3月下旬 一般路線バスの廃止・再編計画について」(2026年3月12日発表)